Blogは、個人の解放というツールとして定着しているが、SNSと比較すると、人と人のコミュニケーションの接点を作るのは意外と難しい気がする。そこで、Internet Watchでみつけた、Edita.jpに登録して、いろいろなブロガーとの接点をどうやって確保するかを、模索している。
さて、その中でUSAに留学中のBlogで、高校からアメリカで教育を受け、大学、修士、博士とアカデミックキャリアを積んでいる女性の紹介がある、この話を読んで、転職の時にお世話になった方の話を思い出した。
http://blog.goo.ne.jp/celtic25shunsuke/e/76f868b54139871d22db17dd7bdd6c36
その方は、外資系の大手化成品メーカーで新規商品の立ち上げをたくさん実行してこられた、優秀な方で、プロジェクトのマネージャーだったとき、Americanizedされた女性の部下がいて、対応に非常に苦労したとのことです。
外資系とはいえども、日本での歴史は長く、資本構成も外資が過半数を超えた程度の会社ですので、マネージメント層はともかく、一般社員では日本的な組織形態を多く持つ会社組織だったそうです。そこに、USAで大学から学びMBAを取得した女性が、チームメンバーとして合流したそうです。しかし、マネージャーの彼にとっては、全く使えない存在だったそうです。それは、あまりにAmericanizeされていて、日本での仕事の進め方を全く理解しようとしないで、アメリカ人がやるように仕事を進めようとして、大きな軋轢を生んだそうです。同じ日本人同士だから、阿吽の呼吸というか、言わなくても分かるでしょうといった不文律が、職場内にあったのだと思いますが、全くの外国人として振る舞ってしまったので、全く理解が得られず、かえって日本人同士という期待があるために、それがマイナスと作用して、協働が出来なかったようです。
さらに問題なのは、外資系では、このようなピッカピッカのキャリアを持つものを昇進させて、こんな素晴らしい人材を活躍させているぞ!とグローバル組織の中で、内外にアピールすることが必要である局面が多々あります。彼女の場合もこのケースに該当し、先述したマネージャーの上司からは、彼女をもっと昇進させるように、仕事を回せ、とプレッシャーをかけられ、しかし現実は現場が全く動かないから、そのような仕事をさせるわけにはいかず、処遇に困り、結局彼女がその会社を去ることになると、「なぜあんなに優秀な女性をやめさせたのか」と責任追及を受ける羽目になり、転職せざるを得ない状況に陥ったそうです。
”Globalization”と”Localization”。どちらも、重要な概念であり、衝突することは多々あります。そこに、人種や性別の問題がからむと、ハラスメントに対する恐怖心もあり、Diversityを高め、組織の活性化を図るという手柄という欲望も発生し、非常に政治的でややこしい状態に陥ります。
本来大切な対象は、顧客であり、それと対する現場であるはずなのですが、往々にして、ないがしろにされることがある。非常に由々しき問題ですね。
カテゴリー: 01 MBA · 03 Logic · 04 Art · 048コミュニケーション
タグ: コミュニケーション, 軋轢, MBA, USA, 女性, 仕事の進め方
日経BPの遥 洋子さんの記事は、個人的に大好きなコラムです。
http://business.nikkeibp.co.jp/article/person/20070613/127282/?P=1
毎回、炎上したかのように、過激なコメントが連なる事が多いのですが、それだけ人の琴線に触れる鋭い指摘なのだと思います。男の側からして、遥さんが投げ掛ける鋭い視点は、「なるほど!!」と感心する事や、「自分も同じような問題行動をしていないか?」と自省する機会を与えていただき、とてもありがたく思います。
さて、トラックバックしたこの記事についてですが、本文にあるように、4種類のタイプの人間の対応が紹介されています。さて、自分はどうでしょうか?
長いものに巻かれろ、式の、ある種達観したかのように、仕方ないんだよ、そういうものだからと、なだめるタイプ。いつも、とんがってばかりはいられなくなっているので、時にはこういう振る舞いも取るよなぁ、と思う。とがっていたままでは、相手を傷つけ、互いに距離をとらざるを得なくなってしまう。懐に入り込むまでは、しっかり間合いを取らざるを得ない。これでは、コミュニケーションが堅苦しくなってしまいがちで、信頼関係にはほど遠い。世知がない世の中になってしまう。
技術者から全く畑違いの営業に転属されたとき、この事は意識せざるを得なかった。タクシーに乗ったときは、親しげに世間話をして盛り上げる練習をしたりもした。取りあえず相手との壁を低くするには、こういった、少し馴れ馴れしいような人間臭さは、良い潤滑油になる。
一方で、コーヒーショップの店員の態度はどうだろうか?こんな若造、いる、いる。と思うのは、少数派なのだろうか?自分で考えるという事をしない、言われた事さえやって金をもらえばいい、赤の他人の事は関心がない、という人間像が浮かんできます。しかし、そうだろうか?
遥さんには失礼かもしれないが、こう思っていたかもしれない。「何やってんのこんな込んでいる時間に、小銭落とすなんて。他の客の迷惑でしょ。とっとと、次の人に順番を譲のが筋ってものでしょ。」
あるいは、「ああ、ダサダサ。言い訳はいいから、さっさと拾ってちょうだい。なに朝から苛々しているのよ。黙って待っていてあげるから。早くお願い。」
と思っていたのかもしれない。
ブースから外へでて、一緒にお金を拾う事の方が、お客様全体へのサービスを落とす事を心配したのかもしれないですね。
でも、能面で、金額のみを繰り返すようでは、自動販売機、ATM、一昔前の銀行の窓口、昔ながらの役所、たちとなんら変わらない。やっぱりサービス業なんだから、相手の事を考えてのサービスを提供する事が必要ですね。自分ならどうしたでしょうか。うーん。その時の精神状態にも拠りますね。ノッテいるときであれば、大丈夫ですか?の一言ぐらいは掛けそうな気もしますが、フラストレーションがたまっている事が目に見えれば、不用意な発言は差し控えますね。微笑みながら、じっと待つ事と、並んでいるお客さんに余計な時間をかけさせないように、応援を要請すると思います。
ちょっとした対応に、その人の個性が出てしまいますね。やはり、日ごろの積み重ねがこういう場面に生きてくるのではないかと思います。
人とのかかわり合いの中で生きていくのですから、うまく物事を進められるように、人間臭さの魅力を身に付けていく努力、心がけが大事なのではないでしょうか。本当に、どこまで行っても成長の必要性を感じます。上にはきりがないですね。
カテゴリー: 04 Art · 048コミュニケーション
タグ: コミュニケーション, 営業, 技術者