MBA+MC=Logic+Art 大野真護のブログ

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iPhoneのメモを活用して、できる営業マンのテクニックをものにする方法

2009/09/28 · コメントを書く

パソコンを持ち歩いても、パソコン画面をお客様などの相手に見せて説明することは、そんなにありません。第一、説明される側からしてみれば、嫌みです。パソコンで説明できる話なら、ウェブでやってくれればいい。むしろ、こっちの話をちゃんと聞いた上で、じっくりと親身になって考えてくれた提案だ、と思わせるような営業をしてほしい、と思うのではないでしょうか。

最初から、いくつかのストーリーができあがっていて、インタビューした情報をインプットすれば、お仕着せの提案書が自動的に作成できる、では、満足できない世の中になっています。ですから、お客様などと会うときは、なるべく手ぶらに近い状態の方が好ましいのではないでしょうか。

まず、お客様の話を、真摯に伺うことから始めるのですから、ノートパソコンは必要ありませんね。
それよりも、お話を真剣に聞いているという、こちらの態度が的確に伝わるようにするテクニックや、実際にしっかり話を聞いて理解する理解力・話法、問題点を的確に聞き出すための聞く技術などのほうが、遙かに重要ですね。

ある程度の部分は、テクニックとして完成されています。
ちまたにあふれる営業の極意本、を読めば、おおよそだいたいのことは書いてあります。
しかし、問題は、「知っているかではなくて、実行しているか」にあります。当然のことですね。

このようなテクニックは、実行して身につける必要がありますが、一度に全てのテクニックを身につけることは無理な話です。
私の場合は、「あ、これ、自分は全くできていないな、でも、けっこう簡単にできることだな」というテクニックから実践して身につけようとしてきました。すなわち、

  1. 自分における不足度
  2. 実践できる可能性、簡単さ

の二つの判断軸をもうけて、より不足していてかつより簡単に実行できそうなものを一つだけ選んで、実践することを心がけました。
そして、実践しようとするテクニックの簡単な指南や手順を手帳に書き留め、お客様との面談の前に必ず読み返して、実行することを心にとめます。
そしていざ、実践したら、その効果がどの様に現れたか、つぶさに観察します。
全てが終わりましたら、もう一度、どの様に実践して、どの様な効果が現れたかを振り返り、良かった点と改善が必要な点をメモして反省をします。そして、次の機会にはどの様にすべきかということを、言葉にまとめておきます。
これを繰り返して、改善に次ぐ改善を継続して、ものにしていきます。

こうした取り組みは、これまで紙のノートに書くことが基本でしたが、iPhoneのツールをうまく使うことで、より効果的に実行することができます。
それは、メモのアプリケーションを使うこと。

まず、営業の極意本を読んで、これはと思うところがあったら、メモをiPhoneに直接入力する。標準のメモアプリケーションに記入すれば、後の使い回しがとっても楽になります。

このようにメモに、実行したい営業テクニックを入力しておく。

このようにメモに、実行したい営業テクニックを入力しておく。

このメモを、お客様との面談の前に目を通して、意識するようにします。

そして、実行した後の反省の内容を記録する際に、メールボタンを押して、メール画面を開きます。

メールの件名は、そのときの面談の相手や目的など、後で見返すときの手がかりとなるキーワードを入力しておきます。
メールの本文に、反省の記録をポイントだけ記録します。
そして、自分宛にメールを送るのです。

メモのメールボタンを押して、メール作成画面で記録を入力しましょう。

メモのメールボタンを押して、メール作成画面で記録を入力しましょう。

こうしておけば、後日振り返りの反省をするのがとても容易になります。できれば、Yahooやgmailなどの無料のメールアドレスを取得して、振り返り用の専用メールアドレスを用意して、そこに送り続ければ「自分の成長を振り返ることのできる専用データベース」を構築することが簡単にできます。

こういうことは、iPhoneだけで十分にできます。ノートパソコンを使う必要は無いのです。

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気分を乗せるにはどうするか〜答えのない問い

2009/09/15 · コメントを書く

 やる気を自由自在にコントロールできたら、どんなに楽だろう。と切に思っています。

 能力というものは、勉強とか、努力というもので、少しずつ培うことはできる。

 しかし、ひとたび「めんどうくさいな」という感情が芽生え、勉強に打ち込めない、努力の大切さは理解できるんだけども、なんか易きに流されてしまう。そして、自己嫌悪に陥って、、、、、

 と急降下のスパイラルをたどってしまう。

 それは、特別なことだろうか?

 そんなことはないでしょう。誰にもあることではないでしょうか。

 でも、日々パワフルに世間の荒波を泳ぎ切り、ストイックに自分を鍛えることのできる人に、正直尊敬の念を抱きます。
 そこまでのこと、自分にはできないのではないだろうか、とあきらめの気持ちも半分。

 でもねえ。なんだか毎日が楽しくないんですよね。
 ただ下を向いてだけな感じで。

 何か資格を取るとか、MBAを取るとか、そういうのはわかりやすいし、モチベーションを保つのは優しい。
 そのはずなのに、自分は、2回モチベーションを保つことができずに、最後まで科目を取ることができなかった。どちらも、最終試験を受ければまず間違いなく合格だったのに、その「受ける」という簡単な行為すらできなかった。

 当事者意識を失い、もう、どうでもいいやと、投げ出してしまう。ひとからは「もったいない」といわれ、最後まで遂行できなかったが故に、自分自身への不甲斐なさに苛まれる。

 そう、やる気を継続する、モチベーションを保つというのは、難しい。特に、自分自身との戦いに陥ると。
 同士がいて、励まし合い、切磋琢磨する環境がいいのは、モチベーションを高く保つのが容易だからだろう。

 独りだと、難しい。どうして?という素朴な疑問が出てきてしまうと、それに対して答えを見つけるのは、難しい。
 答えを先延ばしにしたり、ずるずると自堕落な方向へと引きずり込まれる。

 気分を乗せることが、自在にできるようになれば、いつも自信にあふれる自分自身でいられるだろう。
 自己嫌悪や後悔の念に襲われることも少ないだろう。

 では、どうすればいいのか?

 自己啓発の本を数多く読んだ。
 気分が乗っているとき、やる気があるときは、実行は容易だ。それなりの効果も出る。
 しかし、その前提条件である、「やる気」のコントロールに対する明確な答えが見つからない。
 いや、気付かないだけなのかもしれない。

 MBAを学んだあと、心理学を学びたいと思うのは、この「気分を乗せるにはどうするか」という課題に向き合いたいためだ。
 MBAでスキルを学ぶことはできる。しかし、人の人たるゆえんである、「こうありたい」という気持ちの部分を実践し、理解するためにも心理学に興味がある。

 常にポジティブな気分でいられるにはどうするか、自分だけでなく、まわりの人も含めて。そして、みんなで幸せになるには、どうしたらよいのか?

 哲学的かもしれないけれども、至極本質的なことだと思う。人は、幸せになるために生きている。苦役を乗り越えることが人生の目的だというのならば、あまりにもつらすぎる。幸せになるために生きているのだと信じている。
 だからこそ、そのための方法論、考え方、生きる姿勢というものに強く惹かれる。だから、まず、心理学かと。

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忙しくないことはいいことか?

2009/08/07 · コメントを書く

 「忙しい」というのは、単に状態を示す言葉に過ぎないけれども、一つの価値観とも言える響きを持っている。

 というのも、反対の状態である「暇」という言葉には、どことなく、罪悪感めいたもの、あまり好ましくない響きがある。
 仕事がない、という状態を暗に含むからでもある。もっといれば、この世に存在する意義が薄いのではないか、という疑念すら引き起こしてしまう。

 じゃあ、「忙しい」というのはいいことか?
 「暇だ」という言葉を、自慢気味に語る人は少ない。どちらかというと自嘲である。
 一方で、「忙しい」と語る人の中には、多忙であることを自慢したい響きもある。もっとも、人によっては単なる「不幸自慢」というのもあるけれども、「忙しい」ことを誇りに思う、すなわち、「人から必要とされている」、「世間が自分の存在を認めている」と勘違いしやすいのもまた事実だ。

 なんだか、「忙しい」だけで、人生が充実していると錯覚することもこれまでにあった。

 でも、「錯覚に過ぎないのではないか」と思うのである。

 大切なのは、「何をなしたか」であり、「どれだけ努力したか、苦労したか」ではない。
 不必要な忙しさは、排除しなくてはならない。目的を達成してこそ、行動したことに意味が生まれるのではないか。
 また、目的が達成できなかったとしても、その過程の中で得た学びを次に活かすことができるようにすることには意味がある。

 しかし、「忙しい」という状態には意味がない。(トレーニングとしての価値はあるだろうけれども)

 肝心なのは、アウトプットの質と量であり、その効果である。(それを計る方法が、問題だ)
 いくらお金を儲けたとしても、それが社会正義に反することであったら、本当に成果を上げた行動だと言えるだろうか。

 人の価値観は十人十色であり、人のことを批判する権利はない。唯一、本人だけがその成果についての評価を下すことになる。

 自分に胸に手を当てて、果たして満足のいく成果をあげることができただろうか。その自分自身に誇りをもてるだろうか。
 急に人生に終わりが訪れたとしても、悔いのない行動を取ることができただろうか。

 人生死ぬまで勉強であり、反省の連続なのだなぁと。

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なんだか気分が乗らない状態をどうするか

2009/08/07 · 1件のコメント

 常にやる気に満ちていて、やりたいことを順調にこなしている間は楽しいし、面白い。

 だが、そのやる気も有限であって、やる気がどうもわかないときもある。

 そうかといえば、やりたいことがどうにも見つからなくて、悶々とすることもある。

 逆に、やるべきことが途方もなく多くありすぎて、途方に暮れてしまうこともないわけではない。

 でも、解決すべき課題が明確であればあるほど、行動計画は立てやすいものです。

 しかし、何をすべきかが漠然として見えにくくなればなるほど、行動計画を立てるのがとたんに難しくなる。

 特に難しいと思うのが、やる気の管理だ。

 自分の場合は、その波が年々大きなもののように変化しているように感じている。コントロールできなくなるのではないかという、怖さを常に感じる。

 業務内容が明確な仕事は始末がいい。しかし、創造的な仕事が求められている時代、明確な業務内容というのはなかなか定義するのも難しい。

 焦らず、現在をじっくりと観察する余裕が必要なのだろう。

 今、現在、何をすべきか、答えがきっと見つかると信じて。

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ホームページの作成

2009/06/15 · コメントを書く

ただいま、勤める会社のホームページ作成が佳境を迎えています。

現在公開中の会社のホームページの内容も、1月の中旬に3日間で集中して作成したたった5ページからなるホームページを少しずつ改善したものなのですが、すべて自分一人で作成しました。
しかし、今回の本格リニューアルは、まるで規模が違います。
印刷した紙の枚数で言うと、ほぼ5倍の分量の違いがあります。情報量が桁違いに多いのです。

しかし、ただ単に情報量が多いのではなく、閲覧者にとって有用な情報がわかりやすく、そして探し出しやすいものでなくてはならないのです。なおかつ、ファンとしてたびたび訪問して頂いて情報収集のお役に立ってもらいたい、そして売上げにつなげていきたいというのが目的なのです。

今はやりの言葉で言う、「Web Marketing」による、顧客との新しい持続可能な接点の場を創り出すことを目的としています。

考えるべきことは多岐にわたります。デザインについては、ホームページ作成業者とのコミュニケーションを重ね、コンテンツの内容のすべては自分で企画し、コンテンツを構成する写真、図、表、言葉は、すべて何度も見直して、最適なものへと磨き上げる必要があります。

試行錯誤するたびに、印刷した紙の束が増えていきます。画面上の印象だけではなく、印刷したときの印象も含めて、複眼的に内容をチェックしていきます。おそらく、終わりのない戦いに近いかもしれません。それでも締め切りはすぐ目の前までやってきます。まずは、時間の許す限り自分の納得いくところまで追求してみようと思います。

そして、ホームページの内容を一度決定したら、今度はホームページの集客なり、ブログの記事を作成するなど、誘導と深化の方策を立て、実際にお客様の元を精力的に訪問して、様々なニーズをもう一度掘り起こし、アクセス解析を通じて、閲覧者の求めるところを知り、売上げの数字の分析結果と照らし合わせながら、マーケティング施策を何度も練り直し、実行し、修正し、実行するというプロセスへと進むことになるでしょう。

そう、今の私にとって、ホームページはすべてのスタートラインであり、同時にオペレーションの最適化プロジェクトもマーケティング活動としてのスタートラインとなっています。まずは内を固め、どんなに忙しくなっても定常的なオペレーションが回るようにしておき、さらなる飛躍を遂げることができるように、オペレーション体制の整備、プロモーションの基盤の整備をする時期にある。そのように考えて、今週もスタートを切りました。明日が、第一の正念場です。

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