やる気を自由自在にコントロールできたら、どんなに楽だろう。と切に思っています。
能力というものは、勉強とか、努力というもので、少しずつ培うことはできる。
しかし、ひとたび「めんどうくさいな」という感情が芽生え、勉強に打ち込めない、努力の大切さは理解できるんだけども、なんか易きに流されてしまう。そして、自己嫌悪に陥って、、、、、
と急降下のスパイラルをたどってしまう。
それは、特別なことだろうか?
そんなことはないでしょう。誰にもあることではないでしょうか。
でも、日々パワフルに世間の荒波を泳ぎ切り、ストイックに自分を鍛えることのできる人に、正直尊敬の念を抱きます。
そこまでのこと、自分にはできないのではないだろうか、とあきらめの気持ちも半分。
でもねえ。なんだか毎日が楽しくないんですよね。
ただ下を向いてだけな感じで。
何か資格を取るとか、MBAを取るとか、そういうのはわかりやすいし、モチベーションを保つのは優しい。
そのはずなのに、自分は、2回モチベーションを保つことができずに、最後まで科目を取ることができなかった。どちらも、最終試験を受ければまず間違いなく合格だったのに、その「受ける」という簡単な行為すらできなかった。
当事者意識を失い、もう、どうでもいいやと、投げ出してしまう。ひとからは「もったいない」といわれ、最後まで遂行できなかったが故に、自分自身への不甲斐なさに苛まれる。
そう、やる気を継続する、モチベーションを保つというのは、難しい。特に、自分自身との戦いに陥ると。
同士がいて、励まし合い、切磋琢磨する環境がいいのは、モチベーションを高く保つのが容易だからだろう。
独りだと、難しい。どうして?という素朴な疑問が出てきてしまうと、それに対して答えを見つけるのは、難しい。
答えを先延ばしにしたり、ずるずると自堕落な方向へと引きずり込まれる。
気分を乗せることが、自在にできるようになれば、いつも自信にあふれる自分自身でいられるだろう。
自己嫌悪や後悔の念に襲われることも少ないだろう。
では、どうすればいいのか?
自己啓発の本を数多く読んだ。
気分が乗っているとき、やる気があるときは、実行は容易だ。それなりの効果も出る。
しかし、その前提条件である、「やる気」のコントロールに対する明確な答えが見つからない。
いや、気付かないだけなのかもしれない。
MBAを学んだあと、心理学を学びたいと思うのは、この「気分を乗せるにはどうするか」という課題に向き合いたいためだ。
MBAでスキルを学ぶことはできる。しかし、人の人たるゆえんである、「こうありたい」という気持ちの部分を実践し、理解するためにも心理学に興味がある。
常にポジティブな気分でいられるにはどうするか、自分だけでなく、まわりの人も含めて。そして、みんなで幸せになるには、どうしたらよいのか?
哲学的かもしれないけれども、至極本質的なことだと思う。人は、幸せになるために生きている。苦役を乗り越えることが人生の目的だというのならば、あまりにもつらすぎる。幸せになるために生きているのだと信じている。
だからこそ、そのための方法論、考え方、生きる姿勢というものに強く惹かれる。だから、まず、心理学かと。


