MBA+MC=Logic+Art 大野真護のブログ

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MBAで学んだことは?

2009/10/31 · コメントを書く

 いよいよというか、ついにというか、3年前の9月から始まった、Bond-BBT大学院大学MBAコースも、明日の国内の卒業式で完全に終わることになります。

 一抹の寂しさというか、もっと学べなかっただろうか、という反省も残しながらの卒業ということになります。

 振り返ってみれば、高校、大学、修士、そして今回のMBAと、完全に自分の力を出し切ったという充足感に満ちあふれているのではなく、なんか十分にのめり込めなかったというか、不完全燃焼感を残しながら卒業している。

 自分って、どうも完全燃焼しきれないタイプなのかもしれない。

 やりきった、もうこれ以上思い残すことはない、ということは正直に言って、あんまりない。

 だいたいは、ここまでやれば十分合格点だろうと、自分から線を引いてしまって、小さくまとめてしまうか、はたまた逆に、

 あれも、これもと手を広げすぎて、結局収拾がつかなくなり、不完全燃焼状態に陥るのか、

それらのうちのいずれかである。それは、本当に成長できていないところだ。

 たぶん一つには、好きなことにのめり込みやすいが、バランス感覚に優れていないという問題点があるだろう。

 そして、ちょっとでもある程度の到達点につくと、自己満足や自分を慰めてそれでよいと思ってしまう性向があるからかもしれない。

 ま、そんなことよりも、この学びの体験をどうこれからのビジネスで最大化するか、すなわち収穫するかという、Hervest Strategyが大切だ。

 MBAに限らず、この3年間の激動ぶりには、自分自身びっくりする。

 もともと、自分自身に行き詰まりを感じてのMBAであったから、様々な変化が起こりえる序章だったのかもしれない。
 その変動期もとりあえず、落ち着きつつある。

 なんとなく、自分自身のやりたいことと経験したいことが見えてきて、その方向に進むには、今現在の仕事を十二分にこなして実績を作ることが大切だということが見えてきた。
 そのためにも、MBAで学んできたビジネスのイロハを生かすチャンスが十二分にあると自信を持っていえる。

 経済的には、決して成功ではない。なにしろ、収入は横ばいどころか減少している。MBAにかけた費用の回収はままならないかもしれない。

 でも、気持ちは全然違う。とてもフレッシュな感覚で、挑戦欲に燃え、しかも冷静沈着で楽しんでいる。
 死んだ魚の目のようになっていた、3年前とは全然違う!

 学んでおいて、本当に良かったと思えるように、卒業後こそ大切だ。そして、謙虚にすべてのものから学び続ける姿勢を大事にしよう。
学ぶことに一切の無駄がないことを再確認できたこと、そして、その姿勢を娘に見せることができたことが、一番の収穫だったと、そう胸を張っていえる。

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読書の3R 多読術〜松岡正剛

2009/06/14 · コメントを書く

この本を読むまで、「千夜千冊」というブログがあることを知っていましたが、一度も訪問したことが無く、松岡正剛さんがせっせと書いていらしたということを知りませんでした。
つくづく、知らないということ、そして噂的に聞いたことをすぐに確かめなかったという、自分の行為に対して、深く反省しているところです。「多読術 (ちくまプリマー新書)」を読んで、目次のページをぱらぱらと見ているだけで、すごい世界の広がりを感じる。まさに、知の大宮殿という感じだ。

読書に関する本を読むことは、かなり多く、数年前にフォトリーディングの研修を受けたこともあります。
速読に限らず、スローリーディング、シントピックリーディングに至るまで、様々な読書術に関する、技術的な本を読んだこともありますが、本を読むという行為について、あくまで「情報収集」とか「勉強」「娯楽」という、偏った側面でしか見ていませんでした。
多読術 (ちくまプリマー新書)」では、読書という行為自体にスポットライトを当て、「書く」という行為と「読む」という行為を対比して、論じています。この読むという行為の多様性が、非常に面白く、まだ自分自身でも消化し切れていないところも多いです。

ただ、この「3R」というのは非常に理解しやすいコンセプトです。3Rとは、

  • Risk
  • Respect
  • Recommend

です。
「読書はそもそもリスクを伴うものなんです。それが読書です。ですから本を読めばその本が自分を応援してくれると思いすぎないことです。背信もする。裏切りもする。負担を負わせもする。それが読書です。だから面白い。」
と松岡氏は述べています。そして、「危険やリスクが伴うぶん、深くもなる」だからこそ、「書物に対してRespect(敬意)を持つことも必要」とのこと。
そして、「Recommendation(オススメ)で本を読む意義はとても大きい。『人と本』の重なりに厚みが増すからでしょう」と述べておられます。

なかなか身近に、本を読み合うことの出来る友人がいないので、今はもっぱらMBAのコースで、BBTなどの勉強の場で、ブログで紹介されている本を参考にしたりして、人が薦める本を読むことが多くなっています。もう少し、人との重なりがあるといいのですが、色々と身近な場で本について語り合える人を見つけられるようにしていきたいと思います。

今は、多読というよりも、多買少読に近いかも。積読状態の本で溢れています。とにかく、読みたい。その熱意をもって睡眠時間を削る日々が増えると思います。

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船川淳志さんの講演会〜グローバルリーダーの条件

2009/06/12 · 1件のコメント

 昨夜は、BBT主催の船川先生の出版記念セミナーに参加しました。

 出版セミナーとは、近著「グローバルリーダーの条件」を記念してのこと。
 船川先生は、グロービスの立ち上げの頃から参加し、大前さんのビジネスブレークスルー(BBT)にも優れたグローバルリーダーシップに関する番組、コンテンツを残されています。

 セミナーの参加者は大半が、BBTで学んでいる、いた、人たち。
 世間全体から見ると、自己研鑽に関して意識が高い人間という位置づけだとのこと。それを理解することから、このセミナーは始まりました。「大前研一を知っている人、はい、さっと手を挙げて」というのりで、熱く質問し、それに対する即座なリアクションを求める。
 さすがに、大前さん、グロービス、MOT、MBAといったことは、みんな知っている常識だ。

 しかし、世間一般となるとそうはいかない。
 大前研一先生を知らない人は、かなり多い。MBA研修を受けに来た、企業派遣の研修生20人ほどに、「MBAについて説明できる人?」と質問すると、どのぐらいの人が説明できると思いますか?

 なんと、3人程度他ということです。

 小・中学生の段階から、勉強する子どもとしない子どもの二極分化が激しいといわれている。

 それがそのまま大人になっているというのではなく、同時進行で起きている。つまり、この親にしてこの子ありという状態。

 大人も、勉強している大人と、全く勉強しない大人とに大きく二極分化している。その差がますます激しくなっているとのことだ。
 もはや、国民全体が勉強し、がんばって、向上を目指すという状態ではなく、一部の人が努力を努力と思わないで向上し続けようとしているだけで、その他大勢は時流に流され、自らを省みることなく人のせい、世間のせいにして、やけ酒をあおっている状態だ。

 つまり、どういうことか。
 一億総中流といわれていた時代は、今を生きる人々の姿勢からみても、とってもあり得ない状態となっているのだ。
 じゃあ、たまたま成績が良くて、その後も自己研鑽を積んで、エリートの道を歩んでいるとする。自分さえ良ければよいのか?

 いいや、そうではないでしょう。とくに、船川さんは、これっぽっちも「自分さえ良ければ」なんていう、せせこましい考え方は持っていないでしょう。そう断言できます。
 なぜなら、「グローバルに言い訳をし続ける日本人」に対して、猛烈な危機感を感じているからです。
 であるからこそ、30年間グローバルを言い続けている、大前さんという知の巨人に対して挑戦する、すなわち対談するという判断をなされたのです。
 そのことに尊敬というよりも、よくぞやってくれましたと感謝の念しかありません。

 大前さんに答えを聞きに行っているわけではありません。教えを乞うているわけではありません。大前さんの意見を紹介するためではありません。そういうのは対談とはいいません。著者へのインタビューとか、取材といいます。

 この「グローバルリーダーの条件」はそういうたぐいの本ではありません。

 船川さんが積み上げてきた、グローバルリーダーというリーダーシップのあり方、そういう人を育成するにはどうしたらよいかという、実践に基づく理論体系がある上で、なおかつ、「元祖グローバル」ともいえる、大前さんと丁々発止の頭脳戦を挑む、というのがこの対談の本質です。

 であるからこそ、この本を真に理解するには、相当の基礎力を必要とします。
 ただ字面を眺めるようにして読んでしまうと、すらっと読めてしまう。なぜなら、二人とも物書きのプロフェッショナルであり、特に大前さんは群を抜いた物書きである。だから、非常に理解しやすい言葉で、誤解を生みにくい、明確な文章で綴られている。
 だから、よどみがなく、すっと流れていく。まさに、「清流のごとし」である。

 しかし、アマゾンなどの書評を読むとぞっとするものが多い。
 何様気取りだろう、という文章で氾濫している。

 私なんて、ブログで戯言のように書評的なことを書くことはしても、Amazonのようにこれから購入しようかと考えている同好の士に対して、恐れ多くて書評なんて書く気にはなれません。批判だなんてもってのほかです。実績のない自分には、そのような資格はこれっぽっちもありませんから。

 でも、著者である「船川淳志先生」は、がっくりくるようです。
 そりゃあそうです。あれだけ熱い思いを持って、居ても立ってもいられない危機感を持ち、そして、無謀とも言える大前さんとの対談に臨む。波風を立てたくない、平穏無事に過ごしたいと考えているならば、とても考えられないような行動をしている。
 そのような行為に、尊敬とあこがれを持ちこそすれ、批判するのは見当違いも甚だしい。

 ですが、自分もこう書いてみて気がついたのですが、幕末に猛烈な危機感を持って、リーダーとして生きていた人たちとその他大勢の批判する側という構図は、まさに今起きていることと同様なのかもしれないですね。
 正しいことをしている人が、全く現実が見えていない酷く刹那的な一般大衆から憎悪の対象としてみられ、除外されていく構図。今こそフォロワーが多く続き、歴史が証明するのだと正しいことを信じて追求していく、志士が必要なのですね。強くそう感じるのです。

 グローバルリーダーの条件

 余談ですが、先週封切られた「ハゲタカ」。船川先生は、要所要所で「鷲津政彦」のモノマネで会場を沸かせました。このハゲタカがOAされた年、「ハケンの品格」この主人公、篠原涼子が演じた役名は、なんといったでしょうか?

 もちろん、ウィキペディアにあります。

 「大前 春子」
です。そう、大前研一先生の大前をとっている。結構計算した、役名ですね。

 昨年前の年越しハケン村が取り上げられたとき、ぜったい「ハケンの品格」の再放送を放映すべきと主張されたそうです。
 それはそうですね。あの時は、あまりにバランスを欠いた報道と世論でした。

カテゴリー: 01 MBA · 07 講演会・勉強会
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あれから一年経ちました

2008/01/14 · コメントを書く


 年末になされる業績評価を経て、「青天の霹靂」となった、フィードバックから、もう1年が経った。
http://blog.so-net.ne.jp/tirrano/2007-01-21

 戦力外通告。

 これまで、一緒に働くものとして、苦楽を共にしてきて、さあ今年も頑張ろうと、意欲を切り替えたところで、突然の通告。

 評価が芳しくないと思っても、ここまで低く評価されてしまう。いや、逆に存在自体が問題となるというような言われ方まですると、自分自身が大きく否定されたような気がして、茫然自失としてしまう。

 見える景色は全てうつろで、しかし、そんなことは、自宅で待つ家族に悟られたくない。余計な心配をかけたくないと思うから、心は想像以上に痛んでいく。

 いつ度こんな経験をすると、これまで見えていた景色が全く違って見えてくる。




 常に自分を第3者の目から客観的に見て、都度修正をかけていく必要を考える。

 単なるイケイケから、自分というものを強く持ちつつも、謙虚さを忘れない。相手の身になって考えていくということを重視する姿勢に変わっていく。

 何がいけなかったのか?どうすれば良かったのか?そういった反省を大切にして、同じ経験からも引きだすことの出来る学びを大きく、最大化する努力をしたいと思います。

 転職してきた会社で、日本的な終身雇用で、自分が体験した痛みを感じることなく、中途半端に年だけを重ねている人を見ることが多かった。それはそれで、不幸なのかもしれない。周りが感じているその人が持つ毒を、その日と当人は全く気が付くことはなく、毒をまき散らして、周囲を混乱に陥れ、それでも平然として、空気が読めない人がいる。

 この一年で自分は成長できたのだろうか?



 否

 次のステップを迎えることが出来るかの瀬戸際にいる。



 今エッジに立っている。




 楽をしようとすると、すっと滑り落ちてしまいそうだ。



 怖い。

 その先の世界へ、足を踏み入れることは出来るのだろうか?

 できるはず、いや、そうしたい。


 そのための苦労はいとわない。




 じゃ、明日に向かって、走り出そう。謙虚さを保ち、自分自身を見つめながら。 

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