MBA+MC=Logic+Art 大野真護のブログ

タグ ‘幸せ’ がついた投稿

幸福度の算出について

2009/09/22 · コメントを書く

少し前のニュースになりますが、フランスの大統領「サルコジ」氏が、GDPの算出に「幸福度」を加味するように提案しているという。
GDP算出に「幸福度」を加味 フランス大統領が提案

GDPとは、ある期間にその国内で生産された付加価値の総和のことを言います。
ちょっとわかりにくいのですが、経済活動を大きく二つに分けると「生産」と「消費」に分けることができます。
その生産において、生産するときは原材料や機械を仕入れて、商品を作ります。商品が販売され売上げが上がり、売上金額から仕入れの金額を引いたものが利益になります。この利益の部分が付加価値ということになります。この付加価値の中から、給料が支払われます。だから、付加価値が増加しないことには給料は増えません。ですので、GDPが増えることと給料が増えることというのはリンクします。
しかし、そこに「幸せ」という尺度は当てはまるでしょうか?
「お金があるからといって、幸せとは限らない」
といったテーマは、すごく手垢のついたテーマですが、よく耳にする命題です。

GDPと幸せについて考えるとしたら、こういう命題はどうでしょうか?
「毎日早朝から深夜まで、とても忙しく働いている。
給料はそれに見合っただけの高額なものをもらっているが、
評価が厳しく、いつ首を切られるかわからない。」
このような社会環境では、確かにGDPは大きいでしょう。しかし、幸せか?

「インフルエンザが大流行した。
医療機関にかかる患者の人数が大幅に増加した。」
この場合は少しわかりにくいのですが、医療機関の売上げが大幅に上がるので、GDPは増加することになります。
でも、少しも幸せではないですよね。
ただ、医薬品の営業(MR)をやっているときは、インフルエンザの流行に伴い、担当する製薬の処方(売上げ)が格段に増えるので、営業予算達成の為にも大流行があると助かるなぁという不埒な想いを持ったこともあります。にしても、一部の人は幸せかもしれませんが、社会全体で見ればとても幸せといえる状態では無いですよね。

もう一つ極端な例としては、「公害」です。
高度経済成長時代(その末期に生を受けたので、本からしかわからないのですが)には、企業活動が優先され、公害の問題に対する対応が遅れました。たしかに、GDPは大幅に増大したのですが、一部の人には人生を台無しにされた大問題でした。

というように、GDPだけで暮らし向きの変化を図ることには問題があると指摘されてきています。
繰り返し、繰り返し、何度も。

今回のサルコジさんの提案は、いい提案なのでしょうか?
いえいえ、今回も人気とりの提案に過ぎません。第一、彼のオリジナルでもないし、そもそも二番煎じです。

日本語訳はまだだと思いますが、Gross National Happinessという本があります。
Gross National Happiness: Why Happiness Matters for America–and How We Can Get More of It
有名な話としては、ブータン国王がGDPではなく、GNHを国の政治の中心に据える、という方針を打ち出したことです。

日本でも、「豊かさ」を指数とした統計調査が毎年行われていますが、できれば、世界統一の基準で「国民が感じた幸せの定量化」を測定し、人間として生きる上での「幸福度」「豊かさ」を比べあい、その指標に基づく政治が行われるようになってほしいものだと思います。

GNH(Wikipedia)

カテゴリー: 01 MBA · 99 心
タグ: , , ,

気分を乗せるにはどうするか〜答えのない問い

2009/09/15 · コメントを書く

 やる気を自由自在にコントロールできたら、どんなに楽だろう。と切に思っています。

 能力というものは、勉強とか、努力というもので、少しずつ培うことはできる。

 しかし、ひとたび「めんどうくさいな」という感情が芽生え、勉強に打ち込めない、努力の大切さは理解できるんだけども、なんか易きに流されてしまう。そして、自己嫌悪に陥って、、、、、

 と急降下のスパイラルをたどってしまう。

 それは、特別なことだろうか?

 そんなことはないでしょう。誰にもあることではないでしょうか。

 でも、日々パワフルに世間の荒波を泳ぎ切り、ストイックに自分を鍛えることのできる人に、正直尊敬の念を抱きます。
 そこまでのこと、自分にはできないのではないだろうか、とあきらめの気持ちも半分。

 でもねえ。なんだか毎日が楽しくないんですよね。
 ただ下を向いてだけな感じで。

 何か資格を取るとか、MBAを取るとか、そういうのはわかりやすいし、モチベーションを保つのは優しい。
 そのはずなのに、自分は、2回モチベーションを保つことができずに、最後まで科目を取ることができなかった。どちらも、最終試験を受ければまず間違いなく合格だったのに、その「受ける」という簡単な行為すらできなかった。

 当事者意識を失い、もう、どうでもいいやと、投げ出してしまう。ひとからは「もったいない」といわれ、最後まで遂行できなかったが故に、自分自身への不甲斐なさに苛まれる。

 そう、やる気を継続する、モチベーションを保つというのは、難しい。特に、自分自身との戦いに陥ると。
 同士がいて、励まし合い、切磋琢磨する環境がいいのは、モチベーションを高く保つのが容易だからだろう。

 独りだと、難しい。どうして?という素朴な疑問が出てきてしまうと、それに対して答えを見つけるのは、難しい。
 答えを先延ばしにしたり、ずるずると自堕落な方向へと引きずり込まれる。

 気分を乗せることが、自在にできるようになれば、いつも自信にあふれる自分自身でいられるだろう。
 自己嫌悪や後悔の念に襲われることも少ないだろう。

 では、どうすればいいのか?

 自己啓発の本を数多く読んだ。
 気分が乗っているとき、やる気があるときは、実行は容易だ。それなりの効果も出る。
 しかし、その前提条件である、「やる気」のコントロールに対する明確な答えが見つからない。
 いや、気付かないだけなのかもしれない。

 MBAを学んだあと、心理学を学びたいと思うのは、この「気分を乗せるにはどうするか」という課題に向き合いたいためだ。
 MBAでスキルを学ぶことはできる。しかし、人の人たるゆえんである、「こうありたい」という気持ちの部分を実践し、理解するためにも心理学に興味がある。

 常にポジティブな気分でいられるにはどうするか、自分だけでなく、まわりの人も含めて。そして、みんなで幸せになるには、どうしたらよいのか?

 哲学的かもしれないけれども、至極本質的なことだと思う。人は、幸せになるために生きている。苦役を乗り越えることが人生の目的だというのならば、あまりにもつらすぎる。幸せになるために生きているのだと信じている。
 だからこそ、そのための方法論、考え方、生きる姿勢というものに強く惹かれる。だから、まず、心理学かと。

カテゴリー: 055Mind Hack · 99 心
タグ: , , , ,