先週一週間は、自身3度目となるStudy Tourに参加してきました。
世間が、衆院選で盛り上がっている(?)最中、早春とは思えないまるで夏かと思うばかりの暑いゴールドコーストでMBA最後となる勉強生活を楽しんでいました。
今回のStudy Tourで選択する科目が、卒業に当たっての最後の科目であり、大学院を出て久しぶりに勉強の世界に戻りそしてまた実学への世界へと戻るトンネルの出口のような感覚でした。
卒業発表に該当する、起業プランの発表は、会場の都合もあり、少し拍子抜けのする幕切れでした。
しかもその数分後には最後の試験が控えているという状況で、なかなか達成感を感じられなかった。
その数十分後から始まる最終科目の試験では、一度途切れた集中状態を取り戻すのに苦労しつつも、3時間の試験時間を予定よりも40分早く終了させて、25分前には提出を終えました。
そして、試験会場から中庭に出たとき、風もなく、青く澄み切った青空と上弦の月が天空に高く舞い上がっているのを見て、大きな達成感と開放感を覚えて、大きな声で叫びたい衝動を覚えました。MBAを学んでいて、一番充実した瞬間でした。

思えば、3年前の9月1日からマーケティングの授業が始まり、慣れないスカイプでマーケティングのグループワークに取り組んだのが、遙か昔のような気がします。
あれから、会社を2回変わり、住所も2回変わり、仕事の内容は3回も変わり、2歳の娘が5歳に成長し、自信も家族も大いに変化した3年間でした。本当に、この3年間の密度は濃かった。苦しいときもあったし、楽しいときもあったし、MBAで学ぶというモチベーションに悩む時期もかなりありました。
もともと、MBAという肩書きを必要としていなかったのです。
歳も35歳を超えていましたし、MBAという肩書きが拓くであろう未来に期待したことはありません。
途中に転職をしていますが、MBAをとればもっといい仕事が、という期待もありません。
じゃあ、なぜMBAを勉強したの?という疑問が生まれるでしょう。
私にとっての動機は極めて単純です。
それは、自分自身に「何とも言えない限界めいたもの」を感じたからです。そして、「もっと成長したい」と願ったからです。
BondとBBTによるMBAコースは、日本語と英語と異文化と非常によい混ざり合いの中で、自分のもつ「多様性」と一緒に学ぶ学生の「多様性」の持つ魅力に虜になるという、いい体験をさせて頂きました。
えてして、自分のことしか頭にないという行動を取りがちになります。たしかに、自分自身が一番かわいいのです。
自分が大切なのは、疑いようもない。
でも、自分にはない、他人の多様性に触れたとき、自分では見えなかった「自分自身の中にある多様性」が目覚めて、そして新しい「化学反応」が生まれていく。そして、爆発的に新しいアイデアや思考のヒントが目の前に展開されてくる。この瞬間の純粋な「楽しさ」・「喜び」が何よりの報酬だったのではないかと思います。
MBAを取得して、金銭的な見返りを期待するという、外部報酬にこだわるのは、人間としての欲望として至極もっともなのですが、私の場合はそれよりも、学びを通して得られた「喜び・発見」という、内部報酬のほうが遙かに大きな価値として感じられました。
知識を学ぶだけならば、一人でもできるでしょう。さまざまなブログでMBAの話題があふれていますし、書籍も豊富です。
しかし、知を交わらせる行為は、一人ではできません。多様性の中の知の交わりとそこから生まれる「化学反応」の豊かさに触れると、大学という特殊な環境は、本当に得難いものだと思います。




